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ねこにゃん

5匹の猫との生活

東洋のマチュピチュ 

「天空の産業遺産」とか「東洋のマピュピチュ」とか呼ばれている、

別子(べっし)銅山の「東平(とうなる)ゾーン」と「マイントピア」へ行きました。

別子銅山(べっしどうざん)は、
愛媛県新居浜市の山麓部にあった銅山。
1690年(元禄3年)に発見され、翌年から1973年(昭和48年)までに約280年間に70万トンを産出し、日本の貿易や近代化に寄与した。一貫して住友家が経営し(閉山時は住友金属鉱山)、関連事業を興すことで発展を続け、住友が日本を代表する巨大財閥となる礎となった。
(Wikipediaより)


東平(とうなる)地区は、
1916年(大正5年)から1930年(昭和5年)まで別子銅山採鉱本部が置かれていた。このような山中に、かつて多くの人が鉱業に従事し、その家族共々生活し、小中学校まであった「街」があったのかと信じられないように現在は山中に静まり返っているが、閉鎖された坑道や鉱物輸送用の鉄道跡などが残っている。付近は再整備され、歴史資科館や、保安本部跡を利用したマイン工房、花木園、高山植物園、子供広場などがある。また東平小学校、中学校の跡地には銅山の里自然の家がある。
『東洋のマチュピチュ』と新聞に取り上げられ、観光会社がツアーを企画するなど人気を集めつつある
(Wikipediaより)



山の中をひたすら走り続けます

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鹿森ダムを過ぎたらあと少しで到着。

ここからは、離合できない狭い道になり、ガードレールが無い場所もあって、スリリングなドライブになります。

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東平は標高750mの山中のため、マムシやアブに注意しなくちゃいけないので、

車を降りてもスリリングな観光だわよん

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保安本部の建屋と階段は現存し、銅版レリーフを体験できる「マイン工房」になっています。

銅製品って結構なお値段がするんですね。ビックリ!

ヤカンや鍋などを一通りペタペタ触りまくって、

帰る頃に「お手を触れないで下さい」の張り紙に気づきました。

やってしまった。指紋がべっとりかも(汗)

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どんだけ山の中か伝わるかな~短いけど動画だにゃ。



索道停車場跡を上から見ました。

索道(リフト)は、鉱石運搬や3800人の銅山関係者とその家族に生活用品を運んでいました。

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索道停車場跡を見るには、インクライン跡に作られた220段もある階段で下ります。

下にはトイレがないので、先に済ませておかなちゃ大変な事になっちゃう。

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運動不足の体にはキツイわ、ひざがガクガク。

階段を下から見たらこんな感じです。

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索道停車場跡にたどり着いた時には、暑さと疲労が吹っ飛んだ!

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森の中を歩いて、病院と娯楽施設場跡を見ました。

急な斜面で息があがる

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森からインクラインへ戻り、貯鉱庫跡を見るため、また階段です。

だ・誰か~誰でもいいからおんぶして~

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レンガと石で建てられた貯鉱庫跡です。

運ばれてきた鉱石を一時的に貯蔵するものでした。

ゼエゼエ~←息があがってる

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小マンプの中は、鉱山運搬機器が展示されていました。

マンプとは、坑道の意味の間符(まぷ)からきているそうです。

トンネルよん。

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この後は、マイントピア別子に行きました。

後日アップしますにゃ。

東平(とうなる)へ行くには、
ナビに「新居浜市立川町654-3」又は「電話番号0897-36-1300」と入れたらOKだよ。
新居浜ICから車で約40分で到着(山道なので実際は、もっとかかるかも)
トイレは駐車場にあります。
山の中なので、食事をする場所(レストラン等)はありません。
もちろん、スーパーやコンビニなんてあるわけにゃーい。
公衆電話もないし、携帯の電波も微妙です。
必ず履きなれたスニーカーで行きましょう。

[ 2010/08/27 22:46 ] おでかけ | TB(0) | CM(0)
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